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広島地方裁判所 昭和50年(わ)209号 判決

被告人 藤川来

昭五・二・二三生 無職

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、

被告人は、昭和四一年一〇月二〇日広島簡易裁判所で窃盗未遂罪等により懲役一年六月に、同四三年五月一〇日岡山簡易裁判所で窃盗罪により懲役一〇月に、同四四年三月一七日広島簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に、同四五年五月二九日岡山地方裁判所で窃盗及び強盗罪等により懲役五年に各処せられ、いずれも、そのころ右各刑の執行を受け終つたものであるが、さらに常習として、昭和五〇年四月六日午前一〇時ころ、広島市大手町五丁目六番三一号元広島市消防局北門前路上に駐車中の普通乗用自動車内から、桐山英雄所有のステレオパツク九本ほか二点(時価一一、〇〇〇円相当)を窃取したものである。

というのである。

二、そこで審理するに、検察事務官作成の前科調書及び電話報告書、判決書(内一通は調書判決)の謄本三通によれば、公訴事実冒頭記載のとおりの前科および刑の執行終了の事実が認められる。

そして、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書ならびに司法警察員に対する自首調書、青木信夫作成の被害届、桐山英雄作成の被害確認書によれば、被告人が昭和五〇年四月六日午前一〇時頃、広島市大手町五丁目六番三一号元広島市消防局北門前路上に駐車中の青木信夫所有の普通乗用自動車内から、桐山英雄所有のカーステレオパツクケース一個、ステレオパツク九本、セーター一着計三点(時価一一、〇〇〇円相当)を持ち去つたことが認められるので、次にその前後の状況について検討することとする。

三、前掲各証拠並びに前示被害物件にかかる被告人作成の任意提出書、司法巡査作成の領置調書、桐山英雄作成の仮還付請書によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち(1)被告人は、昭和五〇年四月三日前示窃盗、強盗等の罪による懲役五年の刑期を終了して、同月四日岡山刑務所を出所し、郷里の広島市に帰つて来たものの、身寄りもなくその夜所持金一九、〇〇〇円の殆んどを遊びに使い果したこと。(2)四月五日は、朝から駅前で立ちんぼうをし同市可部町武田組で土工として働いたが受刑中からの不眠症のため体が弱つているので、半日で仕事をやめて同市中心部に立ち帰り、「これではしやばにいても仕事にならんので、刑務所生活にはこりているものの逆戻りをするしか道はないので、何でもええ窃盗でもして刑務所に入れてもらおう。」と決心するに至つたこと。(3)その夜は同市内鷹の橋の旅館に宿泊し、翌六日午前九時半頃から刑務所に入る用意のため鷹の橋商店街で下着、ズボン、日用品、洗面具を買い求め、何を盗んでやろうかと物色しながら同所付近を徘徊するうち、同日午前一〇時頃判示の場所に鍵をかけていない自動車があつたので、その中からステレオパツク等を持ち出し、その足で鷹の橋派出所に出頭して所轄警察署所属司法警察職員に自首するとともに、被害品を任意提出し、証拠物として所定の領置手続がなされ、同時に被告人の案内に基き被害場所、被害者等被害事実が確知され、即日被害品は被害者に仮還付されたこと、右乗用自動車のあつた場所と派出所とは約一〇〇メートル以内の距離であり、そこに派出所があるということは最初から知つていたので、上記のように被害品を携えて同派出所に出頭したのであつて、右物品を直接被害者に提出返還して首服するつもりはなかつたこと。

以上の事実が認められ、右事実関係によれば、被告人は一時的にせよ前記ステレオパツク等の物品に対する被害者の占有を侵害し自己の占有下においたことは、これを肯認せざるを得ないと考えられる。しかしそうだからといつて、検察官主張のようにこれにより直ちに被告人に不法領得の意思があつたとする見解にはにわかに左袒し難い。すなわち被告人は刑務所で服役することを企図し、当初から窃盗犯人として自首するつもりで右所為に及んだのであり、そのため直ちに一〇〇メートル以内の近接した派出所に被害品を携えて出頭しこれを証拠品として任意提出したのであるから、経済的用法に従つた利用又は処分の意思は全く認めることができないし、自己を窃盗犯人とするためまさしく他人の所有物としてふるまつたのであつて、自己の所有物と同様にふるまう意思があつたといえないことは明白である。のみならず当該物品に対する占有侵害があつたとはいえ、それはまさに一時的のことであつて、被告人の主観的意図は、即時被害者に返還し首服するというものではないが、即時近接の派出所に出頭自首し任意提出するというものと認められ、一時的にせよ権利者を排除する意思はなかつたと解すべきであり、事実被害品は右の過程を経て領置手続の後、即日被害者に仮還付により返還されているのである。そうだとすれば、被告人の前示所為につき不法領得の意思を認め難く、他に以上の認定を左右しうる証拠はない。

四、以上説示のとおり本件公訴事実は結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条後段により無罪の言渡をするものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 藤野博雄)

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